好きなもの雑記

好きなものについて色々書きます。たまに愚痴る

違和感の紅茶、確信のアイス

 最近、寒くなってきた。寒くなると同時に、彼が新居へ引っ越した。

その手伝いのため、新居へ向かった。家電が運び込まれつつもまだ殺風景な部屋。寝室と仕事部屋は陽が良く当たり、ベランダは暖かい。

 

 ダイニングテーブルに、彼はコーヒーで私は紅茶を飲みながら腰かけていた。なんだか慣れない、変な感じがする。

彼と一緒にいる時は、大体の場合は車に乗っているので横並びか、明らかに周りに人がいるレストランが圧倒的に多かったから。

 人の顔を凝視しても、目が合っても視線を逸らさずにいられる私が、思わずちょっと下を向いてしまった。

そのくらい変な感じで、簡単に言うと出会ってから今まで、ここまで照れたことがあるかというほど照れてしまっていた。

 そんな私をちょっと不審がりながら、彼はたばこを吸っていた。私が1番、今の自分が不審と思っているだろうに。

 

 まだ荷物が運びきれていない中、本棚に少し本があった。

1番端っこに、『ラヴ・ユー・トーキョー』があった。一年前、写真に詳しくない私は、アラーキーをギリギリ知っているレベルで、しかもその印象は「ご飯をまずそうに撮る人」であった。

多分、もっと見るべきところはあるんだろう。写真をやっている彼は「ご飯をまずそうに撮る人ね。本当に写真が上手なの?」という、私の無知かつ失礼極まりない発言に苦笑していた。

 でも、ちょっとずつ写真を教えてもらったり見たり、調べたりしているうちにすごい人と理解した。

よくもまあ、ご飯を不味そうに撮る人ね、なんて言ったものだ。

 そんなことを思い出しながら、ページをめくりつつ日向ぼっこをしていた。強烈なアンモニア臭がしそうな新宿の写真を見ていたら、彼がこっちを見ていた。

見つめ返すと、私の微妙な表情を読み違えたのか、あとから本はたくさん来るからもう少し待てと言った。

私の本も持ってくる、と答えながら、ページをめくり続ける。

 

 新宿、彼と初めて会ったのも新宿だった。その日は雨の新宿で、夜ご飯に一緒にポテトサラダを混ぜた。

別れを告げようとした上野駅、でもその別れを保留にしたのは新宿だった。

付き合う前から付き合って数ヶ月目くらいまでは、新宿に2人で出かけるたびに雨だった。5回か6回、連続で雨が降った。歌舞伎町近くに泊まった日は、ゴールデン街で飲むうちに降り始め、ホテルで朝に目覚めた時も雨だった。

一時期は、2人で車に乗って通りかかるだけで通り雨だった。

気づくとそんなことはなくなった。雨降って地固まるということだろうか。

 

 写真集を棚に戻し、ベランダで並んでたばこを吸った。

なんか変な感じ、と私は言った。

彼も、ほんとにね、と言った。

おそらく、彼は自分のテリトリーに他人を入れることに、私は他人のテリトリーに入ることに慣れていない。

 もう1年半くらい一緒にいて、4日間も東北を走り回ったり、いろんな温泉に行ったり、日暮れの鴨川沿いを歩いたり、イノダコーヒーでホットケーキの朝ごはんを食べたり、近所の河原にピクニックしたり、季節を一巡りして数えきれない数の朝昼夕と寝食を共にしたのに、慣れないこともあるんだなぁと新鮮に思った。

 お互いによくやるミスは分かっていて、「気をつけろよ」と声をかけあうのに、どちらかの領域で顔を突き合わせてお茶を飲むのに変な緊張感があるのは不思議な感じだった。

 

 昼間は家具や細かいものと食料の買い出しで、家に何を置くだとかなんだとか相談し、協力して大量の荷物を家に運び入れて梱包を剥がし、彼は家具を組み立てて私は夜ご飯を作った。

出来上がる直前で、ちょうど彼がちょっと早く組み立てが終わり、出汁巻卵を作ると言ったので任せて、洗い物や買ったものの整理をしていた。

 卵を焼き終わった彼は食器にそれをよそいながら、「ハーゲンダッツ買ってくるけど、何味が良い?レモンサワー買うタイミングはこれで最後だよ」と言った。いちご味と檸檬堂を頼んで、料理の続きをした。

 彼がアイスと檸檬堂を買って帰ってくると、ちょうど出来上がるところだった。

アイスをしまうと、さっさとランチョンマットにお盆を出し、卓上コンロをセットしてくれていた。

 鍋をコンロに乗せ、グラスとお猪口と取り皿を出して、冷やしておいた2人のお気に入りの日本酒をわけもなく2人でうっとりと眺める。

このコロナ禍で、なかなか酒蔵に行けずに飲めなくなっていたのだ。地酒のため、東京にはなかなかない。置いているお店を探し歩いているくらいだ。

そんなお酒を彼が引っ越しの用事の忙しい合間に2本買ってきたのだった。

 鍋を2人でつつきながら、大好きなお酒を飲み、お気に入りの動画を見る。

 気づいたら、最初の不思議な緊張感や慣れない変な感じも照れもなくなっていた。

2人で色々と相談しながら協力して一日を過ごしたことがそういったものをなくしたのだろう。

 

 デザートのアイスを食べながら、私は彼と一緒にいたら必ず幸せになれると思った。彼が幸せになれるかは知らないけど。

 でも、私以外で彼に着いていける人がいるだろうか。西日が差す車内で、2時間も放置され飲み物がなくなり干からびかけても、極寒の秋田で膀胱が限界を迎えて身体が震えていようがトイレに寄っている暇もなく、夜ご飯すら食べる時間がないスケジュールなどなど、写真!写真!写真!である。

デートだって当たり前に潰れて、久しぶりのまともなデートだからとヒールを履いたのに、待ち合わせ場所で予定変更を告げられてそのまま撮影に出発、結局山でアブに食われたり、頭上をブンブンとスズメバチが行き交ったり、今日こそまともなレストランに行けるかと思いきや写真撮るぞ、でレストランにさよなら…。

私はこれはこれで楽しいし、まあいっか、好きなだけ撮れ撮れ、なんて言って昼寝している。なんならまともなデートだけだとちょっとつまらない、くらいに思っている。(さすがに干からびかけた時はちょっと睨んだ。)

 多分、彼に着いていける人はなかなかいない。上記を楽しめるなり耐えられるなりしたうえ、自分の情けない顔や、ご飯しか見ていない顔などを高画質に撮られてもピィピィ言ってはいけない。へえ〜、変な顔!くらいに捉えて気にしない人でなければ3日くらいでケンカ三昧の日々になるだろう。

同業者でもいけない。絶対にケンカをする。方向性の違いというわけだ。そのライティングは云々とアドバイスのつもりが大げんか、交渉決裂でさよなら…となるに違いない。

 だから、彼は私といれば比較的幸せなんじゃないだろうか。実際のところは分からないけど。